理事長挨拶  

 本年9月に理事長を拝命しました澁谷和俊です。日頃より、真菌感染症の診療・研究・教育を通して日本医真菌学会の活動にご理解とご協力いただき、心より感謝申し上げます。

 本学会は1956年に創設され、翌年の1957年に第1回の学術総会が開催されました(本ホームページ「日本医真菌学会の歩み」参照)。以来、本年までに62回の総会が催されています。学会組織は、2011年8月に一般社団法人日本医真菌学会を改組され、現在に至っています。本学会は設立以来一貫して、病原真菌や真菌性疾患の研究を推進する我が国唯一の専門学会として、基礎から臨床に渡る学術・研究活動や支援、並びに啓発を行って参りました。このような歴史と伝統のある学会の理事長を務めさせて頂くに当たり、その使命の重さを深く受け止めています。

 これまでに記したように、本学会の活動の中心となる医真菌学は、生化学や真菌学、免疫学のような基礎医学から皮膚科学や内科学をはじめとした広汎な臨床医学領域を網羅する領域横断型の学体系を成しています。本学会を象徴するこの特色は、自ずと活発な共同研究を生み出す下地となり、学術集会の参加者の中では施設間の垣根を超えた情報交換や後進への助言が盛んに行われています。私はこのような温かい文化の中で育てて頂いたことを大変感謝しています。この文化は単に互恵互助に傾倒することなく、先達は、抗原検出系の開発による補助診断法の確立と普及、トリコフィトン・トンズランス感染症の疫学調査や治療・予防の推進、あるいは重篤な侵襲性真菌症の感染症類型(感染症法)への組み入れ等、新興再興感染症としての色彩を持つ真菌症に関して、其々の時代に適合した重要な情報を発信し続けてきました。

 ところで、感染性疾患診断の礎となる臨床検体からの培養は、一般細菌に比して真菌では時間を要するのみならず、強く疑われる症例でも検出されない場合も少なくありません。また、直接鏡検で菌体を確認し得ても、培養されないことが屡々です。更には、真菌では、分類上全く同一の菌であっても菌株毎に病原性が異なることにもよく出会います。これらの要素は、実臨床での診断を困難なものにするばかりでなく、一見すると真菌症の病態を理解し難いものにしているのかもしれません。このような真菌が醸し出す独特の不思議さからか、真菌症に対して距離感を抱く研究者、あるいは医療従事の方々も多いのではないかと心配になることもありました。その一方、真菌や真菌症は、日常的な感染症診療の中でも重要な地位を占めるばかりでなく、研究の対象としても魅力的な題材であり続けてきました。

 しかし、残念ながら、昨今の医真菌学を取り巻く環境は厳しく、研究あるいは専門家として実臨床に携わる人材を十分に確保できていないと言わざるを得ないのが現状です。この事態を解消するために、医真菌学の重要性と学際的興味を絶えず啓発して行くことが前提ではありますが、具体的な方策として従来の理事会の方針の継承を第一に考えています。その一つは、病原真菌や真菌感染症の啓発ならびに支部・関連学会活動の充実と活発化に注力することです。このためには、臨床薬学や看護学、歯科口腔領域といった関連領域との密接な交流の推進が不可欠なため、これを具体化するための組織作りに着手したいと思います。一方、ガイドラインの作成も我が国における適切な真菌症の診断・治療の均霑化を図るための本学会に課せられた大切な使命です。前理事長の指揮下で作成が続いていたクリプトコックス症診断・治療ガイドライン(仮称)は、既に公表に向かって秒読み体制に入りました。また、カンジダ症の診断・治療のガイドライン2013も、発表後の5年が経過し、この間に蓄積された知見や新規抗真菌薬の上梓により、早期の改正作業が求められていることから、作成委員会を立ち上げて頂き、実務の始動体制が整ったところです。

 こうした日常の活動から生まれる研究成果の発信やガイドライン作成のような専門学会としての責任ある情報提供を行うためには、研究倫理を尊重し定められた手続きを遵守すること、並びに利益相反状態の適切な開示など、手続きの適正化や透明性の確保が益々重要となっています。研究の推進を通して公共の福祉に寄与すべく本学会の使命を達成するために、活力ある学会の進化と成長に全力に尽くしたいと考えています。

2018年10月
日本医真菌学会理事長
澁谷和俊